カスエッセイスト -近況報告2026/09/10

ニセ漫才師という概念がある。
いや、厳密にはない、勝手に言っている人がいるだけなので。真空ジェシカ(知っていますか? 4年連続M1ファイナリスト)の川北さん(ロン毛)がよく使っている言葉で、吉本所属ではない漫才師を指している。
吉本が漫才を始めてほかの事務所はそれのまねごとをしているだけというのが同氏の主張だ。
とはいえカツラを客席に投げたりネタ中にほかの芸人を読んだりするするようなスタイルを自虐するような側面もあるのではと思っている。(そんなことなかったらごめんネ)

やっていることを説明する言葉がなかったり、近しい領域はあるけど似たようなことをやっている人がいなかったりするとき人に説明できなくてもどかしい思いをすることはよくあると思う。
正統派ではないあり方や傍流であることを「ニセ」の二文字で表せるのはかなりいい。それは〇〇ではないのような面倒な指摘をかわせるし、相手にはまらなかった時も「まあ、ニセだしな」で納得してもらえる。

一応毎日更新のWebサイトをやっているわけですが、まあ私もたいがいニセだろう。テキストサイトやブログ、面白記事といった媒体はあったのですが今の主流ではないですし、というかそれが本流だった世の中があるのか? オモコロやDPZを説明するときには長い長い説明がいる。説明が大変ということは世の中一般に知られたものではないということだ。エッセイやWeb記事というと役に立ったり励ましてもらえたり、言いたいことを代わりに言ってくれたりとまっすぐ役に立つというか、しょうもなくないものとして扱われているような気がする。
というか純粋に面白さを追求することや人を笑わせようとする意図そのものが大きくみて「ニセ」であるような気がする。世の中からは役に立たないと思われているし、ちょっと見下されている。

でも私はしょうもないものが好きだ。
「面白かった。役には立たないしくだらないけど、でも、面白かったなあ」と思えたものが私を形作っている。全く有意義ではない面白さに救われてきているわけで、救われたからにはその火を絶やすわけにはいかないのだ。
役に立たないものを作って役に立ちたい。そしてあわよくばお金になってほしい。